ABUS factory tour in Germany

ABUS 訪問レポート

VOL.4

ABUSが生まれた現場

いよいよABUS訪問レポート完結編です。
生産の現場、ドイツの駐輪事情とみてきましたが
いよいよABUSそのものに戻っていきます。
ABUS担当:松野

ABUS発祥の地

ABUSの発祥の地に赴く。
Wetterのヘーゲ通り沿いの古い工場。ここでは南京錠をメインに生産を続けている。

レーエの工場と違い、味のある建物と、設備も使い込まれたヴィンテージな工場だ。
それもそのはず最も古い工場で、ABUS創業者の”August Bremicker”がここの地下室でカギを作り始めた。

ABUSの名前の由来

まずはABUSの名前の由来から…
ABUSは1924年に、”August Bremicker”と彼の息子が小さな工場の地下室でカギを作り始めたことから始まっている。”August Bremicker”と息子をドイツ語で書くと”August Bremicker und Sohne”この頭文字をとってABUSらしい。

知らなかった…。

その地下室にも行ったが、正確にいうと行ったはずだったがのだが、普通の地下室と思っていたら 後からあれがそこだよと教えてもらい、写真を撮り忘れていたのが本当に残念!

歴史を感じると言えば、第二次世界大戦中、銃弾を作っていたという型が倉庫でほこりをかぶっていた。

ABUSのクレーンまであることに驚くが、これはABUSの親戚にあたるクレーンメーカーらしい。

入社間もない人は、OEM用の企業用の大量発注の南京錠のアッセンブルから開始して、そこで作業を覚えていく。
どの工場にもよいモノづくりをするための仕組みが作られていることに感動する。 作業の効率化のために、自分の作業デスクの引き出しの仕切りや、棚の位置は自由にカスタムすることができるよう。

ヴィンテージの機械を慣れた手つきで操作するおじいちゃんが歴史を感じて後ろ姿が語りかけてくるようだ。

ヨーロッパシェアNo.1の本社はすごかった

そしてABUS本社に戻ってくる。 感想は予想以上にでかい。

物流倉庫も、見せてもらうが、桁違いの広さに驚く。 ここから、世界へ出荷をされていくようだがこの棚全てにカギが収まっていると思うと、 その規模の大きさがうかがえる。

ABUSセキュリティーワールド

会社を俯瞰してみた写真。 敷地内には、ビーチバレーボールのできる砂浜、サッカー場、卓球台、アイスクリームカー、レストラン等がある。 右側が本社建物で、左側のモダンな建物はABUSのセキュリティーワールドと呼ばれる、ショールーム、ミュージアムらしい。

なかなかすごい建物である。
エントランスの受付デスクの後ろのでかいABUSロゴの赤い部分は近くにいくと、全て南京錠で作られている事が分かる。

ABUSのストーリー

品質第一主義

今よりもう少し安心して暮らせる世の中にというミッションを掲げ、南京錠の生産からスタートしていく。 写真右で座っているのが、創始者のブレミッカー氏。

200年前、ABUSのあるエリアは農場ばかりだったそう。
少し南西に行けばフランスなので、ドイツから徴兵を免れようとした人たちがフランス側へ移動。 その後、ドイツに戻ってきて、再び農家で働くが、冬場にすることがない。

110年前は最初は馬のひづめを作る事などから初めて、産業革命以降スチールの加工が進む。 その後、スチールの産業が栄え、過去はドイツのあらゆるメーカーの車の60%はスチールをこのエリアから輸入。 スチールのシリコンバレーと呼ばれる。
その後、ライン側沿いに、スチール、ナイフ、ロックと金属加工が発展。 包丁を作って成功した会社は、ABUSからライン川方向へ南西に40km程いったゾーリンゲンにあるヘンケルスだ。
こうやって鉄鋼業が栄えてきたらしい。

手堅く、健全に、成長を続ける事が歴史となる

そこから創業者ブレミッカーも息子と共にカギを作り始めた。
当時50件のカギメーカーがあり、今残っているのはABUSを含む2件のみらしい。
先ほど行った工場の元はこんなに小さかったらしい。 無理せず、自社で購入した物件を徐々に会社の成長に合わせ拡張していく。

先日レポートした、巨大なレーエ工場も最初はこのサイズだった。

ABUSがまもなく100年を迎える今も続く理由として、品質を何より大切にしているからもその一つだということ。
一族経営で、無借金で銀行の借り入れもなく、株主をつけない理由は、そうすることで品質をすり減らしコストに還元する事を避けるためということらしい。
会社、工場は常に成長しているが無茶はせず、堅実に続けているのが長寿企業の秘密なのかもしれない。

 

いいものは世界で通用する

驚くのは、ブレミッカー氏は最初から近隣に販売するだけでなく、海外を視野に入れて生産していたということ。
1937年にはすでに中国等アジアにも進出。
ABUSの古いロゴが波の絵が描かれている事にその時の姿勢を表している。

ドイツらしいマイスター精神と、徹底した品質至上主義で着実に成長をしていく。
ブランドロゴの移り変わりをみていると、
1935年から使われていた3番目のロゴには海外を意識した波をモチーフにしていることがわかる。

変わらない姿勢

そして、アジアのセールス担当のマリウスが俺の一番好きな写真はこれだと見せてくれたのがこの写真だ。
1937年当時アジアで南京錠を大量に売ってきたやり手の営業マンのハインツ。自分と同じ仕事をしていて、80年前に初めてアジアを担当していた男の営業成績。今とは違い船で旅する彼は、一度セールスの旅に出るとなかなか帰ってこれない。
数か月の大量のオーダーを持ち帰っているリストのようだ。
彼のこの写真がアジアでセールスとして活躍するマリウスを励まし、勇気づけているようだ。

南京錠からセキュリティー全般をカバー

そして、南京錠から始まったカギのビジネスは、自転車やバイクのカギ、ヘルメット、モバイルセキュリティ―、家用のカギ、ホテルの警備システム、火災報知器、消火器に至るホームセキュリティーと防犯だけでなく、安心安全のための製品をカバーする企業へと成長していく。
今では、エアロヘルメットを作り出しMOVISTARチームのスポンサーまでつとめ、スポーツにおいてもセキュリティーを提供。

その信頼性は高く、さまざまな企業がABUSのカギを採用する。
RIMOWAのスーツケースのカギもABUS。
その他ドバイのホテル全室に使われたり、ルフトハンザのコンテナのカギなど様々なところでABUSは活躍している。

圧倒的なラインナップ

ショールームにはありとあらゆる商品が陳列されており、目がくらむほど。
南京錠に至っては、よくこれだけの商品の生産を管理できるなと感心できるほどのラインナップ。

特徴的でストーリーのあるカギ

いろいろな分野のカギの話は面白い。
動物園で、すべて同じカギで空くように作られている南京錠、 企業全員の名前の入った全て違うキーシリンダーの南京錠 会社のカギで個々の部屋やセクションのカギは異なるが、玄関は共通で空くようになっているetc…
カギの歴史があるだけあり、シンプルながらその仕組みがスマートだと思う。

中でもおもしろかったのは、このカギだ。

重機を起動する際のバルブらしいが、この機械を起動するのに6人必要として、 休憩時に全員がカギをかけていく。 もしも1人昼寝して帰ってきてなくて、5人で先にスタートしてしまおうか…ということが物理的にできない仕組みになっている。

シンプルの積み重ねに成功を見る

ABUSを訪問し、感じたこととして最初に思うのは「圧倒的」ということ。
これだけの規模で今も成長を続けている企業で、今だけを切り取ると単純に「すごいなあ」で、終わってしまうが、 その歴史を学び、生産の現場を見る事で、 人々に「今よりももう少し安心を」という哲学の元、単純で正しいことの積み重ねに成功はあるのだと感じた。

会社の工場の仕組みづくりにも感じたが、解決したい事を時間をかけて失敗しない仕組みづくりにしている。 これがドイツ人の姿勢で、こういったものが世界で信頼され受け入れられているのではないかと思った。 おそらく、私が感じたこと、理解したこと以上にまだまだ深い何かがあるに違いない。

この歴史ある、着実に前に進み続けるABUSの製品にある背景が少しでも多くの人に伝わり、 日本の安心安全に少しでも貢献できればと思った。

以上4回に渡ってお送りしたABUSレポートでした。
少しでもABUSに興味を持って頂けるとうれしいです。 ありがとうございました!

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