ツール・ド・フランスが近づくと、今年も同じことを思います。タデイ・ポガチャルは、今年も強いのか。
今年のポガチャルは、これまでとは少し違う準備でツールへ向かっています。それでも、ツール前の不安はツール・ド・スイスで消えました。5ステージ中3勝、総合優勝、ポイント賞。結果だけを見ても、十分な仕上がりです。
その流れは、3月のストラーデ・ビアンケから始まっていました。79kmの独走勝利、落車しながら勝ち切ったミラノ〜サンレモ、ロンド・ファン・フラーンデレンでの独走勝利。その後もリエージュ〜バストーニュ〜リエージュ、ツール・ド・ロマンディ、ツール・ド・スイスと結果を重ねています。


春はクラシックを勝つ体。夏はグランツールを戦う体。ポガチャルは、シーズンの中で走り方を変えながら、ツール・ド・フランスへ仕上げてきました。
ここでは、その準備を3つの鍵に分けて見ていきます。
1. シーズン中にライダータイプを変える
プロロードレースでは、レースごとに求められる能力が違います。平坦系クラシックでは70〜80kg級の大きな選手が有利になりやすく、石畳や横風、ハイスピードの展開では、体の強さと絶対的なパワーが必要になります。

一方、急勾配の山頂フィニッシュでは、小柄なクライマーが力を発揮しやすい。グランツールで強いのは、その中間にいる60〜65kg前後のオールラウンダーです。山を速く上れるだけでなく、平坦のタイムトライアルでもスピードを出せる必要があります。

プロになった当初のポガチャルは、どちらかといえばクライマー寄りでした。長く厳しい上りで、レースの中で一番強い選手がそのまま勝つ。そんな場面で最も強さを見せてきた選手です。
しかし近年は、平坦寄りのクラシックやアップダウンのあるモニュメントにも挑むようになりました。軽量クライマーから、パンチ力のあるクラシックライダーへ。
この変化は、まだ登坂力の延長線上にあります。30分の上りではなく、5〜10分の上りに強さを寄せるイメージです。
上りは基本的に、パワーウェイトレシオの勝負です。体重1kgあたりにどれだけのワットを出せるか。その数値が高いほど、特に急勾配では速く上れます。だから、ツール・ド・フランスを勝つ選手がリエージュ〜バストーニュ〜リエージュを勝つことは、想像できない話ではありませんでした。
大きな変化は、パリ〜ルーベへの挑戦です。発表されたとき、多くの専門家は懐疑的でした。「65kgの選手がパリ〜ルーベを勝てるのか」。マチュー・ファンデルプールやワウト・ファンアールトのような80kg級のライバルと戦うには、絶対的なパワーが足りないと見られていたのです。

課題は純粋な出力。解決策は、筋肉をつけ、体重を増やすことでした。
1月、4月、7月の写真を見比べると、ポガチャルの体つきは違います。冬はウェイトルームで筋力を高め、体幹や上半身も鍛え、クラシックシーズンで石畳から受ける衝撃に耐えられる体を作ります。
ここ数年、ポガチャルは平坦でも明らかに強くなっています。ツール前には体重を落とせるとしても、春に加えた1〜2kgが、ミラノ〜サンレモやパリ〜ルーベで勝負するために効いてきます。そしてツール前の1〜2か月で、再びクライマーへ戻していく。目的は、パワーウェイトレシオを最大化することです。
今年のツール・ド・スイスでは、その仕上がりを世界に見せました。第5ステージ、ヴィラール=シュル=オロンへの上りで、ポガチャルは最後の登坂を全力で走り切り、24分間のキャリア最高レベルともいえる登坂パフォーマンスを記録しました。
登坂能力を測る方法はいくつもありますが、ここではVAMで見ていきます。
VAMとは「Velocità Ascensionale Media」の略で、1時間あたりに何メートル標高を上げられるかを示す数値です。
平地のスピードを時速で見るように、上りの速さを“縦方向のスピード”で見る指標と考えると分かりやすいでしょう。VAMが1,000Vm/hなら、1時間で標高を1,000m上げるペースという意味です。
VAMは上りの長さや勾配に影響されます。短く急な上りでは高い数値が出やすく、長い上りや暑さ、高地では同じ数値を維持する難度が上がります。一般的なサイクリストでは300〜600Vm/hほどが目安で、1,500Vm/hを超えると非常に高い数値。世界トップクラスでは、長い上りでも1,800Vm/hを超える走りが見られます。

ポガチャル ヴィラール=シュル=オロンへの上り
タイム:24分22秒
VAM:1,887Vm/h
比較として、昨年のツール・ド・フランス第13ステージを見てみます。このステージは、ペイラギュードへの上りタイムトライアルでした。ペイラギュードとヴィラール=シュル=オロンは、どちらも約20分の登坂で、平均勾配は約8.5%。ポガチャルはどちらでも、約1,900Vm/hに近い数値を出しています。
ポガチャル ペイラギュード
タイム:17分19秒
VAM:1,960Vm/h
ただし、この2つには大きな違いがあります。ペイラギュードは、個人タイムトライアルでのフレッシュな状態での走り。一方、ヴィラール=シュル=オロンは、150kmのロードステージを走った後の最後の上りです。
しかもポガチャルは麓からアタックし、しきい値を大きく超える強度で踏んだあと、そのまま全力走へ移っています。さらにこの日は暑く、最後の上りでは気温が30℃に達していました。
ポガチャルは過去にも暑熱順化トレーニングを行っていたと見られています。かつて弱点とされた暑さを、今では明確な強みに変えつつあります。
2. レーススケジュールを絞る
7月4日にツール・ド・フランスをスタートする時点で、ポガチャルの2026年のレース日数はわずか16日です。これは、彼のキャリアの中でもツール前としては最も少ないレース日数です。
なぜ、ここまでカレンダーを絞ったのか。理由のひとつは、落車リスクを減らすためです。プロロードレースに落車はつきもので、ポガチャルほど技術と経験のある選手でも完全には避けられません。
レースに出るたびに、落車や怪我でシーズン全体が崩れるリスクを負うことになります。ツール・ド・フランスを最大目標にするなら、そのリスクを減らすことは大きな意味があります。
もうひとつは、身体的なフレッシュさです。プロ選手にとって、レースは走っている時間だけが負荷ではありません。移動、準備、ストレス、体調を崩すリスク、家を離れる時間。勝っている選手であっても、消耗する要素は多くあります。

ポガチャルは、すでに約10年をプロ選手として過ごしています。どれだけレースを走るべきか。どのタイミングでは自宅でトレーニングしたほうがよいのか。そのバランスを、自分の中でかなり正確に把握しているはずです。
2026年は、これまで以上に家で過ごす時間を増やすアプローチを選びました。
興味深いのは、ポガチャルが2026年までツール・ド・ロマンディにもツール・ド・スイスにも出場していなかったことです。なぜ今年この2つを走ったのか。答えは、新しいことを試したかったからかもしれません。
ポガチャルは、すでに多くのワールドツアー・ステージレースを勝ってきました。しかし、ロマンディとスイスはまだ狙っていなかったレースでした。
彼がこの新しい挑戦に集中することで、UAE Team Emirates-XRGのチームメイトたちは、ティレーノ〜アドリアティコ、UAEツアー、ツール・オーヴェルニュ=ローヌ=アルプなどで勝利を狙うチャンスを得ることもできます。
そして、このスケジュール変更には、もうひとつ大きな理由があります。
3. 心のフレッシュさを保つ
ロードレースは、体力面だけでなく精神的にも非常に厳しい競技です。ポガチャル自身も、シーズン中に精神的な疲労を感じることを認めています。それは、身体的なオーバートレーニングの兆候が出る前に起こることもあります。
彼はキャリアを通して何百ものレースを走り、1月から10月まで世界中を移動するシーズンを何年も送ってきました。その負担は、ポガチャルにとっても決して小さくありません。






だからこそ、ツール前のスケジュール変更には、精神的な疲労を減らす狙いもあると考えられます。アルデンヌをスキップすることで、自宅で過ごす時間や、高地合宿で家族や友人と過ごす時間を増やせました。
これは、ツールだけでなく、シーズン全体を通して心をフレッシュに保つことにつながります。もしポガチャルがUCIロード世界選手権やイル・ロンバルディアを目標にするなら、毎年10月までレースを続けることになります。
彼の勝利リストを見ると忘れそうになりますが、ポガチャルはまだ27歳です。身体的には、これから5年、あるいは10年近くトップレベルで走れる可能性があります。
大切なのは、今年だけではありません。これから先のキャリアを考えたとき、心のフレッシュさをどう保つかは非常に重要です。
自転車に乗ることを楽しめている選手は速い。ポガチャルを見ていると、そのことがよく分かります。
ツール・ド・スイスでの彼は、バイクの上で楽しんでいるように見えました。厳密な作戦に縛られているというより、自分の感覚で走り、動きたいところで動き、いつものように勝つ。そんな走りでした。
ある日は上りで攻め、ある日は平坦で強く踏み、集団スプリントにまで絡む。誰もが山での強さを予想していましたが、第4ステージのタイムトライアルで勝つと予想していた人は、そこまで多くなかったはずです。

タイムトライアルでの進化
ポガチャルのツール準備にもうひとつ注目点があるとすれば、タイムトライアルバイクでの進化です。

ポガチャルは以前から世界で最も強い選手のひとりでした。ただ、平坦の個人タイムトライアルで勝ち切る場面は、それほど多かったわけではありません。
しかしツール・ド・スイスで、彼は今がキャリア最高の状態にあることを示しました。さらに最近のシエラネバダでのテスト走では、自身の登坂記録を更新したとも語っています。
ツール・ド・フランスへ向けて、すべての兆候がポガチャルの強さを示しています。準備は整い、これまで以上にフレッシュに見える。
3月にミラノ〜サンレモを勝ったライダーは、今度はツール・ド・フランスの山岳で攻撃する準備を整えています。



